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What's Walls?


LomoWallは写真のコラージュによる壁です。もともとウイーンのLomoがはじめた展示手法です。日本の我々は、ウイーンLomoの手法を元に、思考錯誤しながら独自の展示手法といえるところまで発展させてきました。ウイーンのLomoWallが直線的で、デザイン重視の表現なのに対して、TokyoLomoHeadsのそれは関係性と有機性に重点がおかれています。

TokyolomoHeads(=旧LomoEmbassyTokyo)が主催する展覧会、イベントでは、いつも制作スタッフを公募し、一緒にWallを作ってきました。我々は、まだ見ぬ人たちとのコミュニケーションとコラボレーションの場としてWall制作自体が一種のイベント(=ワークショップ)であると考えていました。だから、我々にとってはlomoLC-Aで撮られたかどうかは問題ではなかったのです。

我々のWall製作は大きく4つにわかれます。

(1)写真のセレクト
(2)デザイン
(3)ボードへの貼りこみ作業
(4)設営

それぞれについては以下のように進行します。

(1)写真のセレクト

写真展やイベントが決定したら、サイト上で全国に作品募集を呼びかけます。様々な方法で作品参加が可能ですが、通常はネガを送っていただき、こちらで選んだカットを各12枚づつプリントします。このやり方の1番いいとこは、応募者がいいと思っていないけどすごくすごくすごく写真を発見できること。悪いとこはとにかく金がかかることです。この12枚づつっていうのは経験から来た枚数ですが、コラージュには結構重要なポイントになります。 これ以下だとちょっと自由度が低くなってしまいます。

全ての作品が揃ったら、セレクトに入ります。通常は我々のスタッフが何度か通して見てセレクトします。何故、何度も見るかというと、その時の気分や、その日に見たほかの写真の影響などにやって、微妙に選ぶ写真が異なってくるからです。しかし、この誤差も経験を積むとかなり無くなります。通常のコンテストとの大きな違いは、いわゆる「正しい写真」を選ばないことです。「正しい」とか「ウマイ」でなく、今の気分を共有できる何かが移っているか、撮った人、撮られた人の、気分が写っているか、それを基準に選んでいます。ボケてもブレてもシリアスでもふざけていてもエッチでも、何でもオーケーです。 撮っていけないものは、ないし、誰にも評価されない写真っていうのも、実はないんです。セレクトにひかっかるかどうかは 「縁」のようなもんです。

(2)デザイン

Wallは誰か一人が作りこむのでなく、複数の人間が同時に作りこむ ことで作られます。まず、大きなテーマを決めて(それは言葉であったり、色で あったり、気分であったり、何もなかったりします)、一人一人が自分の写真とか他人の作品というのを関係なく陳列された写真を好きに選んでコラージュして いきます(ここで自分の作品というのが完全に手離れして、別のものに変わって しまいます)。原則としてルールはひとつで、他人の領域と交わる部分を自然に なじませることです。後から他人の作った部分を変更していくこともアリです。 他人と自分の手により、また全体の流れを考えたり、他との混じり方を考えなが ら作り上げて行くWALL製作は、イベント中、もっとも楽しく創造的な部分でしょう。ここがWallというものが旧来の作家主義的作品と大きく異なる部分だし、旧来の共同製作とも大きく異なる部分です。即興と関係性、この面白さが Wallづくりの醍醐味です。Wallの製作に参加することは、アルバイトではなくボランティアです。 しかし、控えめにいっても「めちゃくちゃ楽しいボランティア」でしょう。毎回、ほんのわずかな人しかこの楽しさを共有できないのが残念でした。


SurugadaiHotelのWallを作るとき、女のコたちが中心になってすごく色っぽいWall(GoldFingerという女性オンリーのイベントを取材した写真が中心)を創ってくれました。女の考える女のエロスって、やっぱ、すごかったです。Wallデザインは女の子に天才的な子がいたりして、ほんとこの部分は女の天下でした。なんか、女のコの判断力は面のように延びるけど、男のそれは線のようだ、っていう気がしました。

(3)ボードへの貼りこみ作業

デザインされた写真は順番に回収され、粘着加工したプラスティックパネル(特注品!)に貼りこまれます(結構、緊張します)。

(4)設営

設営作業は男の子の出番です。この最後のフィニッシュを終えて飲む酒はサイコーにうまいです。

Wallのデザインは回を重ねるごとに高度になっていきます。SurugadaiHotelProjectの地点では、かなりな表現にまで到達したと思っています。まあ、一段落ということで、今後はちょっとWallという手法からは離れてやっていきます。Wallという表現方法は、やればやるほど奥が深く、あやゆる感情や温度さえも自在に表現できる可能性を持っています。是非、体験したことのない方は、挑戦してみてください。自分達もまたいつか、きっと、Wallに帰ってくるでしょう。