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What's LomoHeads?


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我々はMinatoMirai21 PhotoWallで何をやりたかったのか?

(上は幼稚園児がlomoで撮った初めての写真)


最初のExhibition、LomoSprin'Wallの開催中に、「横浜みなとみら21」(世界的にも注目を集めている新都市だ)で何かやらないかという話しをもらった。お偉いさんも我々の展示を見たようで興味を持ってくれているという。僕らは2つ返事で飛びあがった。多分、後にも先にも、僕達に何かやってくれ、と向こうからいってくれたのは「みなとみらい21」だけじゃないだろうか。MM21偉いぞ!いつもいつも頼まれもしないのにやってきた(なんてカワイそうな僕達)。「みなとみらい21」のお偉いさんは自身が絵も描くし「俺はコラージュっていうのは好きなんだ」っていう人だった(後で思い知ったったが、世の中は全て担当者次第だ。何ができるかは担当者がどういう人かで決まってしまう)偉い人は僕らのカッコを見て、大丈夫かよ、コイツラ、って思ったろうけど、ホント好きにやらせてくれた(間に入ったアートプロダクションのSさんは大変だったかな?)。公共的な側面も強い企画だったのでLomoという名前はタイトルに使用できなかったが、そんなことは問題ではなかった。ただただ、腕が錆びつく前に次をやれる場所が欲しかった(しかも、予算が付く!!!!)。

こうして我々の2番目のExhibition、MinatoMirai21 PhotoWallがスタートした。僕達は市民参加1000人を取り込む参加型写真展としてこのイベントを計画した。

コンセプトは「2つの目」。内側と外側、関係者と無関係者、先住民と開拓者、そういった相反する2つの目で、都市全体を撮らえることができたら、またまた見たこともないダイナミズムが生まれるだろう。通常、一般参加=市民参加をうたった公的なイベントなんて面白くもおかしくもない。それは、一般参加者を無知なる大衆と考え、子供達を弱い存在と考えるからだ。我々はそんな考えは大嫌いだ。我々は全く手加減しない一般参加型イベントをやろうとした。入ってくる敷居はできるだけ低く(カメラを持ってなくても参加できる)、けど、撮った写真は全部作品とて、上手、下手、や、頑張った、頑張ってない、じゃなくて、「今のイメージ」が写っているかどうかで判断される。

「みなとみらい21」という場所は東京都心からそう離れているわけではない(渋谷から電車で1本だしねえ)、しかしフタを開けてみたら、見事に横浜地区のローカルイベントになっていた。この意味は、つまり都心からの制作参加者がめっきり減ったということだ。だけど、そのせいでひじょうに強度のある制作チームが構成できた(だって地元意識丸だしだもんね)。ここで関わったメンバーは、その後のイベントにおいても核となっていった(東京のコは横浜まで行かないけど、横浜のコは東京まで来るからねえ)。実はこの時期までは、制作メンバーはほとんど女のコばかりだった。ネット上で募集しても、真っ先に手を上げるのは、いつも女のコたちだった。面白いことに彼女たちは皆、単身で入ってくる。どんな人がいるかわかんないし不安だし友達とツルンデ、っていうのが多い気がするけど、全然違って、たった1人でやってくる。そういう彼女たちを見て、女はカッコイイなあ、男は駄目だなあ、って痛感した(原宿以降はホント男も増えた。やっぱ女が集まってから男も寄ってくるんです)。

僕は地元テレビのインタビューに答えてこういった。「普通の人が面白い、アーティストなんかより断然、普通の人が面白い、っていうのはもう10年以上前からいわれ続けてきた。けど、じゃあ何?っていわれたら何もいえなかった。ただいってるだけだった。今、自分達のやっていることは、やっと出たその最初の答えだと思っている。そこが支持される理由だし、何より夢中になる点だ」。

我々はインターネットを通して参加者を募り、「みなとみらい21シューティングツアー」なるものを実施した。「みなといみらい」側に口利きをお願いして、通常では入れない場所に入り様々な「みなとみらい21」を撮影しよういいうものだ。ゴミ収集のパイプが流れる地下チューブ、、海上警備の訓練施設、トンネル工事現場、ホテルの厨房、様々な会社のオフィス、子供達、閉館したガリーバーランド、などなど、その回数は全9回に及んだ。

このイベントでは大きな収穫が2つあった。一つは一般参加の面白さを思い知ったこと。ある、中学生が暇そうにしていたので、カメラを借りてみないか勧めた。彼女はイヤイヤって感じ、「だけど暇だからやる」って、カメラを借りていった。帰ってきたときはカメラをブンブン振りまわしながら、疲れただのナンだのいって帰った。で、後日上がってきた写真を見た。あまりのよさに、ぶっ飛んだ。はじめて見たセルフポートレイトだった。こういった体験が2度や3度ではなかった。全ての風景に自分が脱いだ靴を入れて撮るおじいさん(僕らはコンセプチャルじいさんと呼んだ)。妙に写真のウマイおばさん2人組み(展覧会期間中は毎日のように写真を見に来た)。自分は国会議員だといって議員手帳を見せる酔っ払いの紳士(写真は全部ピンボケだった)。数万枚の一般参加作品を見て気づいた。ある世代以降にはイメージの何か重要な部分が確実にプリインストールされている。5歳から90歳までの一般参加者が撮った写真を見てそう知らされた。これは大きな収穫だった。 もう1つの収穫は、写真展示以外の表現をはじめたことだ。写真撮影と同意にビデオ撮影を行い数十本のDVとドラムンベースとミックスして1本に纏めた。編集はオープニング当日の朝になってもやっていた(このギリギリスタイルは以後定番となった)。

予算は付いたけど、写真の現像は増えるばかりだし、連日深夜まで制作だから連日打ち上げだ!で、すぐに赤字に転落!赤字はこの後もドンドン風船みたいに膨らんだ。けどね。俺ら、その風船につかまってドンドン空に舞い上がってったのさ。

このイベントは、我々の活動にメディアが注目した最初のものとなった。テレビや新聞の取材が来て、スタッフもちょっといい気になった。スタジオ・ボイスに掲載された瀬川律子さんのレポートが、たぶん、最初にマスメディアに出たLomoに関するまともな文章だった(ちなみに掲載号が何だったかは忘れました)。

横浜の準備中にラフォーレ原宿での念願のExhibitionがついに決定した。我々は、まったく休む間もなく、そのまま、ラフォーレ原宿へと向かうことになる。 TokyoLomoHeadsは、もう、そこまで来ていた。

大森秀樹(2001年3月1日)

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ロモユーザーの視点による最高のトーキョーロモヘッズレポート
HotWired--TokyoLomoHeadsインタビュー



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