What's LomoHeads?

SaturdayNightShow


SaturdayNightShowとは何だったのか?

TokyolomoHeads-SaturdayNightShow-は特別なイベントだった。自分たちの通常のイベントや展覧会では、特に個々の作品に作者のクレジットが入るわけではなく匿名的作品として全体が構成される。イベントは撮影者だけが作っているのではない。撮影者もモデルもDJも、受付も設営や撤去に参加した人も全てがイベントを作っている。これはその考えの現れでもある。

SaturdayNightShowは、毎回毎回、個人にフォーカスをあてた個人展としてのスタイルを取っている。それは一人の作家と我々との共同的側面が強くなる場合も、ほぼ個人展の形の場合もあったが、我々のその他のイベントとはあきらかに異なっていた。各イベントは作者自身が招待状の制作から送付、機材の操作まで全てを行った。入場者も全てインターネットからの予約・定員制で、会場を借りるとき以外は入場無料のイベントだった。自分たちは作者と観客とのフィルターとしてこのイベントに関わった。

TokyoLomoHeadsは、ラッキーなことに最初からある程度の規模以上のイベント(展覧会)ばかりを行ってきた。それはもちろん、やりがいのあることなのだが、球場でやるミュージシャンが、ライブハウスの熱気の中で、いつもはやらない音楽をやってみたくなる様に、小さな、顔の見えるイベントをやってみたくなった。大きなイベントだけでは、「現場」のカンが鈍ってしまう。たった50人に見せるために大の大人が労力をかけて作り上げる無料のイベント。それがSaturdayNightShowだった。

2000年3月にオフィスを渋谷に移した。それまでは六本木の友人の会社の一角(机1つの広さに3人座ってた)を借りていたので、自前のオフィスを持ったことは大きな飛躍だった。事務所の引越したのを契機に、スパーリングと実験を兼ねた、この企画をスタートさせた。10坪しかない狭い事務所に、毎回、ぎゅうぎゅうに人を詰め込んだ。最高で50人近くの人をここに詰め込んだことは、今や伝説だ。考えただけでもぞっとする。狭いオフィスの台所で機材を操作し、引越祝いにもらったスクリーンにスライドを投影し、インド人からもらった大きなスピーカーで大音量で音を流した。まだ事務所にはエアコンもなく、自前で扇風機を持ってくる人も、気分が悪くなる人もいた。

いままで経験した全イベントの中で、このSaturdayNightShowの1回目が、自分が最も緊張したイベントだった。イベントが終わった次の日、ちょうど来日していたウイーンLomoの代表2人に第1回SaturdayNightShowを見せた。「な、サイコーだろ?」っていう気持ちで機材を操作した。この時の誇らしい気持ちったらなかった。TokyoLomoHedasの表現が本当に自立したのは、この瞬間だったと思っている。

SaturdayNightShowは、基本的にはスライドショーのカタチをとっていた。プリントされた写真を作者と我々がスライドに変換し、作者とDJと我々とで音楽を考え、プログラムし、機械を操作した。このイベントはほぼ1ヶ月に1度(アンコール上映を含めると2度)のペースで2000年4月から12月まで全7回が行われた。

SaturdayNightShowは、自分にとっては宝物のようなホントいいイベントだった。現在は、イベントごとに増えてくる機材で事務所はいよいよ狭くなりもうこのペースで続けることは、さすがに無理だが、年に1度か2度、思い出したようにどこかで再開して見たい。そう思っている。

TokyoLomoHeadsSaturdayNightShow全プログラム

2000年4月〜12月 全7回

第1回SaturdayNightShow-Sasaki Mika展-
第2回SaturdayNightShow-Imura Kazuto展-
第3回SaturdayNightShow-TokyoLomoHeads in Wein展-
第4回SaturdayNightShow-Mihara Makiha展-
第5回SaturdayNightShow-Hasegawa Kyoko展-
第6回SaturdayNightShow-Andoh Satoshi展-
第7回SaturdayNightShow-Kubo Kazuhiro展-



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HotWired--TokyoLomoHeadsインタビュー



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