What's LomoHeads?

TokyoLomoHeads in Wien


我々はTokyoLomoHeads in Wienで何をやりたかったのか?


ラフォーレでのTokyoLomoHeads展が終わって、次を考えた。そりゃやっぱり海外でしょう。ってことで、2000年6月、Lomo第2の故郷ウイーンでTokyoLomoHeads展が決まった。どうせなら、ってことで、ウイーンツアーを計画して参加者を募り、総勢20名からなる集団でウイーンに飛んだ。

当日朝までかかっても、やっぱり準備は終わらず、大量のスライドも機材も皆で分担して全部手荷物で持ち込んだ。気持ちは、ちょっとした殴り込み、あるいは道場破りみたいな気分だった。

ウイーンでやるのは、スライドとDJ、そしてVJ。ビデオもスライドも事前に作り込んだものを見せようとしていたが、現地についたらウイーンLomoが作ったフライヤー(上の写真)はイベントタイトルがヘンテコなTokyoVideoJockeysに変わってたので、急遽、ライブ的にDJとVJにスライドというショーに変更した。こういう場合、すぐに出し物を変えてしまうのが、自分たちのやり方だ。当日まで予定していた機材がウイーンで調達できず、バタバタしていたが、本番に強いのがtokyoLomoHeads。開けて見たら、国内ではないほど、史上最高に受けまくった。DJは日本からDJ Daiohが同行(彼はウイーンでDJ Daiohとしてデビューした)。ウイーンのDJより断然受けた。ビール奢るからもっとやれとか、俺にやらせろとインド人が飛び込んで来たりとか、いろいろ楽しかった。

この日のイベントはウイーンでもその後、語り草になってようだ(ホントに)。


ウイーンは古く歴史ある都市だ。ホテルも気候もサイコーで、居心地は本当によかった。しかしそこに住む若いヤツは、その古さと歴史と居心地のよさに飽き飽きしていた。Lomoの倉庫でバイトしてる若いヤツと話した。「東京はスピードが早くてね」。「そのスピードがサイコーなんだ」彼らは黒澤の映画は知らないがアキラは知っている。

ウイーンツアーはイベントとしても大成功し、自分たちは大きな自信を得た(世界中どこででもやるからさあ、呼んでよね)。また、旅行としても成功した、参加者全員にとって、このツアーは最高に楽しい旅行ではなかっただろうか。観光じゃなくて、仕事でもなくて、何かをやりにいくっていう動機はサイコーだ、と思った。


大森秀樹(2002年1月12日)


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ロモユーザーの視点による最高のトーキョーロモヘッズレポート
HotWired--TokyoLomoHeadsインタビュー



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