最初、真っ暗な画面。独白と共に映像がはじまる。
見たことある粗い画質。まさか、このオープニングはデジタルハリネズミじゃないか!?
詩の朗読のようなセリフと共に数十秒、いや一分三十秒、いやもっとに感じたデジタルハリネズミの映像!これがあのテレンス・マリックの映画のオープニングとは!

まるで、端役だと思って娘の初舞台を見に行ったのに、幕が開いたら娘がいきなりソロで踊ってた。そんな感じ。感無量。よくやったデジハリ!

僕らが死んでも映画は残り、みられていくだろう。僕らの死後、勝手に悩んでいる未来の子供たちよ。その最初のシーンは僕らがつくったデジタルハリネズミというカメラで撮られてるんだぜ。

監督・脚本:テレンス・マリック
TERRENCE MALICK

1943年生まれ、アメリカ・テキサス州出身。ハーバード大学、オックスフォード大学で哲学を学び、卒業後はマサチューセッツ工科大学で教鞭を取りながら、フリーランスのジャーナリストとして『ニューズウィーク』や『ザ・ニューヨーカー』などの雑誌に記事を寄稿。その後、アメリカ映画協会(AFI)で映画の技術を習得し、脚本家として『ポケットマネー』(72/監督:スチュアート・ローゼンバーグ)に参加して、映画界でのキャリアをスタートさせた。
ネブラスカで実際に起きた連続殺人事件を題材に、自ら製作・脚本を兼務した『地獄の逃避行』(73)で監督デビュー。テキサスの農場を舞台に若者たちの葛藤を描いた監督2作目『天国の日々』(78)でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞し、世界中の賞賛を受け、70年代以降を代表する映画監督の地位を嘱望された。しかし、この作品の後は映画界から距離を置き、20年間にわたり沈黙。'98年、ガダルカナル島での激戦を描く『シン・レッド・ライン』でベルリン国際映画祭金熊賞を獲得し、劇的な復活を遂げる。『ニュー・ワールド』(05)を経た前作『ツリー・オブ・ライフ』(11)では壮大な映像美で観る者を圧倒し、見事カンヌ国際映画祭パルムドールの栄誉に輝いた。

今回「トゥ・ザ・ワンダー」公開を記念してHEADZSHOP、
直営店でDIGITAL HARINEZUMI 1st Rebornを期間限定販売!

詳細↓↓
■日程:7/29(月) 〜 8/30 (日)
■場所:
【1】Headzshop
【2】NECONO と camera cabaret grand shop
以上で、
期間中DIGITAL HARINEZUMI 1st Rebornを限定販売!

↓直営店住所↓
〒150-0041 東京都渋谷区神南1-15-12 秀島ビル2F
Tel 03-5428-5162 Fax 03-5428-5163
営業時間:12時〜20時

■リンク:


HeadzShop 直営店

 映画を語るということは、超個人的な話しを、相手のことを考えずにズケズケ話すことだ。映画を見るということは、座らされて何を見せられたのか、ではなく、その人が何を見たくて座り、何を映画から取り出してきたのか、という武勇伝だ。見たいと欲望して取ってこない限り、映画からは何1つ引き出せない。そして、それは個人的な話と切っても切れない。

まだ20歳になるかならないかだった。同じくらい暇な友達とふたりで深夜のテレビで「地獄の逃避行」(日本劇場未公開、1973年)という映画を観た。ただただ暇だったから、こんなB級っぽいタイトルの映画でも見たんだろう。酒はまだ覚えていなかったので、コーラとポテトチップスをつまみながら、何も期待せずぼんやり見始めた。映画がはじまると、数分で引き込まれた。頭からドップリと。主人公は連続殺人犯だが、殺しても殺しても、車をどれだけ走らせても、どこにも行けない。主人公は目的が見つからなかったし、私たちにも見つからなかった。「地獄の逃避行」は誰も知らない思い出の映画になった。

その後、私は歌舞伎町の映画館で人生初のアルバイトを始めた。金をもらいながら映画がタダで見られる、それが志望動機だ。私は駆け出しの映画ファンだった。映画館は世界に背を向けながらも、積極的に世界と向かい合える場所のように思えた。それは当時の自分にとって、もっとも都合のいい場所だった。自分は現実逃避しているわけじゃないんだ、という保証が欲しかったのだ。

暗い箱の中にもぐって、何ら生産的なことはせず、ただ座って、目の前に差し出される映像を見ているだけなのに、心は自由に過去や未来を行き来し、あり得ない経験を生きたり、理想の恋人と出会ったり、知らない種類の悲しみや怒りに襲われたりする。映画には「私は何もしていないのに」という後ろめたさがついてまわる。そして、後ろめたいものほど若者を魅了する。化学反応のように、ただ心が何かに反応すれば、私の人生がいい方向に変化するとでも信じていない限り、映画なんかに付き合ってられない。この心の体操は、来るべき何に対する準備体操なのか?私はそんなことは問題にしないまま、映画を、ただただ観ていた。

バイト先でかかっていた映画は「天国の日々」(日本公開1983年、2作目)。映画の資料で彼があの「地獄の逃避行」の監督だと知って私は飛び上がったが、なんと、私はこの映画が好きになれなかった。私にとっての彼はパンクな「地獄の逃避行」であって、この田舎の「きれいな風景」の映画ではなかった。さらにリチャード・ギアの若さや美しさ(つまりモテル男に嫉妬してたのだ)や、ぐちゃぐちゃした三角関係(つまり私はまだグチャグチャした恋愛の醍醐味を知らなかった)、あっちいったりこっちいったりする尻軽な女(当時はそう見えた。今は彼女のことがわかるし、彼女こそが正しいと思う。)それらが日々うっ屈として暮らしてる私には気に食わなかった。

バイト先にいた映画好きな女の子が「天国の日々」を好きだった。あの子、どうしてるんだろう。あの子、俺のこと、どう思っていたんだろう。俺たちはどうなる可能性があったんだろう。嫌いな映画だと言っておきながら、様々なシーンが頭から離れなかった。火事のシーンが怖かった。見てはいけない不幸を見たような感じだった。

「天国の日々」は絶賛されカンヌで賞もとったが、テレンス・マリックはその後20年という長い間、映画を撮らなくなる。20年後、彼が「シン・レッド・ライン」(日本公開1999年、3作目)で復活したときには、私の青春は終わり、しっかりとおっさんになっていた。おっさんになった私は、映画館に足を運ぶことも少なくなり、観たいと思っていた映画をいつものように見逃しながら、「シン・レッド・ライン」も見逃した。この時期の私にとって、「映画」とは「見逃すもの」であった。

20年の間に、私はパンクな若者ではなくなり、自分が期待しているほど自分に才能がないということもしぶしぶ理解した。そして、やっと仕事というものをする気になって、仕事というものが苦しみだけではないのだと気づきはじめていた。テレンス・マリックが20年の沈黙を破り映画に戻ってきたとき、やっと私は穴倉から外に出ようとしていた。

7年後の「ニュー・ワールド」(日本公開2006年、4作目)については存在さえ知らなかった。私はただただ仕事をしていたはずだ。それから6年後の「ツリー・オブ・ライフ」(日本公開2011年、5作目)の頃には、私は新しい映画に対する興味がなくなっていた。いつも古い映画を繰り返し見たり、まだ見ていない古い映画を探し出していた。私は完全に終わってしまった物語にしか興味がなくなっていた。それはきっと、同じ年に日本で起きた大きな地震が関係していたのかもしれない。私はもう人生の折り返し地点をとっくに過ぎていた。

テレンス・マリックがデジタルハリネズミを映画で使うらしい、という噂を聞いてから、慌てて「ツリー・オブ・ライフ」を見た。その頃、私の身辺にはいくつかの変化があった。数ヶ月前に父を亡くしていたし、いくつかの別れがそれに続いた。どうも私の人生はそろそろガタがきはじめているらしかった。色んな事をリセットすべき時期に来ていたし、すぐにでもそうしたいと思いながら、どうやっていいのか分からずにいた。

「ツリー・オブ・ライフ」は大変な映画だった。いわゆるエンターテイメント映画ではなく、自分の中に向かって深く潜り込んで、自分という人間を作っている秘密に辿りつこうとする映画だ。もちろん、多くの人がこんな映画を求めているわけじゃない。少し前なら私もこの映画を拒否したかもしれない。しかし今では、この映画以外にみるべき映画があるとは思えない。

映画の中の母はまだ若く、美しい。やさしく、奔放な性の香りが残ったまだ若い母。私の母はそんな美人じゃないけど、この際、そうだったのかもしれない。それでいい。父は自分がなし得なかったコンプレックスを全て子供におっかぶせてくる。彼は楽しい食卓に水を差し、家族は一瞬にして凍りつく。父は思うような自分になれなかったことでいらつき、子供たちをまともに育てようとする。しかし彼はいつでも説明不足で性急で乱暴で、その思いは横暴としかとられない。いつしか子供たちは父を憎んでしまう。楽しいことも確かにあったけれど、そうじゃないことが多すぎるのだ。この父は悲しい。しかし彼こそが人間だ。彼は私の父とは全く違うけど、誰かに似てる。俺か?いや俺はここまでひどくない。でも俺か?いや俺の父にもこーいう部分があったのかもしれない。確かに俺にはもっとその要素があったけど。多感で正直な弟。私に弟はいないが、いたのかも。これは私にとっては姉だったのかも。いや、違うな。

誰もが「愛」に満ちてはじまる。恋人も、親子も、家族も、みんな「愛」に満ちてスタートする。スタートした「愛」はなぜ、こんなにもろく変色するのか?人類はこんなに長い事続いてきて、なぜそんなことを修復できないのか?おかしくないか、人類よ。原子爆弾とか、バイアグラとか、Blu-rayとか、すごいものを沢山作れるのに、なぜ、こんなことが解決できないんだよ、人類よ!

愛がどんな方向に流れて、人間がどうなろうが、それぞれの人に公平に降り注ぐ太陽と神。感動だとかそういうのじゃないんだ。無数のしょうがなかった事の、どうにもできなかったことの、確認なんだ。確認こそが感動的なんだ。

エピソードはどれも、私のエピソードではない。しかし、それらのイメージはトリガーとなり高速で私の脳をサーチして関連づけられた記憶のイメージを探し出す。私の人生の中にも、水や鳥や光はあり、柔らかい肌の温もりも、どうしていいかわからない混乱もあった。目の前で進行する映画の裏で、サーチされたイメージを自動編集するもうひとつの映画がリアルタイムで作られる。私たちは映画「ツリー・オブ・ライフ」を見ながら、自分自身のヴァージョンの「ツリー・オブ・ライフ」を同時に見ることになる。だから、この映画は、他人の物語にならない。

それからテレンス・マリックの全作品を(過去に見ていた映画も含めて)遡って1つ1つ見ていった。今となっては、それは私という人間の人生を、数年おきに飛び越したり、20年という年月を大胆に飛び越したりしながら、遡っていくことと一緒だった。

ひととおり全部観終わった頃、私たちの直営店(私たちのカメラと雑貨を売っている渋谷にある小さな店)に一人の女性が来店した。彼女が熱心にデジタルハリネズミを見ていたのでスタッフが話しかけた。「このカメラはテレンス・マリック監督の映画に出て来るんですよ」「え?それってどの映画ですか?」「トゥ・ザ・ワンダーという映画です。」「えっ!私、その映画の配給会社の者なんです!」「!」何という偶然、こうして私は「トゥ・ザ・ワンダー」を見ることになる。

「トゥ・ザ・ワンダー」は恋愛映画だ。男と女が出会って別れる。

映画は、どういう経緯で彼と彼女は知り合い、今ここにいるか、といったおおよそドラマを形作っていく諸条件に関して興味を示さない。男は右から出てきて左から出てきた女と舞台の中央で出会う、といったトガキしかない演劇のように最小限の説明で進行する。「ツリー・オブ・ライフ」で顕著になった自分自身へのダイビングは、ここでも行なわれている。私たちは映画「トゥ・ザ・ワンダー」と、並走して流れるもう1つの自分自身の「トゥ・ザ・ワンダー」を体験する。2つの映画の狭間で、私たちは経験したことがない映画体験を生きる。世界中のどこにでも行ける世の中なんだ。世界中の誰とでも繋がる世の中なんだ。最後に残された場所、前人未到の秘境はどこにあるか、インターネットが追いつかない場所はどこにあるのか、その方角はわかっている。それは、ここだ。

人間は出会うが、水が流れるように、別れてしまう。心は結びつくが、鳥が飛び立つように、離れてしまう。人間は状況と時間の奴隷だ。状況と時間が移れば、「本当の気持ち」なんかと関係なく、全ては変化していく。その多くは悲しみや痛みに変化するのだが、本当はそれこそが尊く、それだけが自然や神に拮抗できる人間の唯一の営みではないのか。

あなたは、きっと、「トゥ・ザ・ワンダー」を見ることになるだろう。そして、この映画が気になってしょうがなくなったら、私と同じように1つ1つの作品を遡って見て欲しい。ひょっとしたら遡る途中で、あなたが生まれる前の時代に達するだろう。そうしたら、あなたの生が輪廻するように、あなたは映画と並走しながら生まれ変わっていくのだろう。

Power Shovel,Ltd. / Super Headz.Tokyo
大森秀樹

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2012「トゥ・ザ・ワンダー」 To the Wonder
2011「ツリー・オブ・ライフ」 The Tree of Life
2005「ニュー・ワールド」 The New World
1998「シン・レッド・ライン」 The Thin Red Line
1978「天国の日々」 Days of Heaven
1973「地獄の逃避行」 Badlands